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子ども手当2010

鳩山さんが辞めた日のこと

 

一国のリーダーの退任があれほどあっけないものだとは想像もしていなかった。

鳩山由紀夫首相は、昨年の熱い夏の戦いで、国民が選んだ日本のかじ取り役といっていい。「日本を変えてほしい」。国民の熱き思いで実現した歴史的政権交代が生んだ首相だ。1年置きにくるくると、日めくりカレンダーのように変わった自民党の首相たちと同じ轍を踏んではいけない。幹事長とのわずか2回の会談で首相官邸を去っていい話ではない。どんなに批判の風が強かろうと、国民との約束を果たすまで、耐え、忍び、踏ん張る責務がある。

僕が首相の辞意を知ったのは、6月2日の朝。8時11分 事務所にファックスとメールが流れてきた。「至急 両院議員総会開会のお知らせ 鳩山総理・代表より大事なお話があります。議員各位におかれましては、万障お繰り合わせのうえ必ずご出席くださいますようお願いいたします」と記されていた。同時に民主党幹事長室から電話があり、必ず議員総会に出席するようにとの念押し。

総会が開かれる衆議院別館講堂に向かう途中、同じ長野県茅野市に住む津田やたろう参院議員に「辞めるということですか」と尋ねると、「そういうことだ」という返事が返っていた。「残念」という以上に悔しさ、怒りが込み上げてきた。

ご存じのように、首相は午前11時からの両議院総会で約20分間の演説で、「政権与党のしっかりとした仕事が、必ずしも国民の皆さんの心にうつっていません。国民の皆さんが、徐々に聞く耳を持たなくなっていってしまった。私の不徳のいたすとこ。私も身を引く。幹事長も申し訳ないが引いてください」と話し、辞任を表明した。

目を真っ赤にして泣いている女性議員もいた。拍手が長く続いた。

私は日本の平和、日本人自身でつくりあげていく時を、いつかは求めなければいけないと思っています。アメリカに依存し続ける安全保障、これから50年、100年続けていいとは思いません。だから鳩山がなんとしても、少しでも、県外にと思ってきた、その思い、ご理解を得られればと思っています」。首相の口から飛び出した安全保障に対する考え。初めてといっていい素直な発露。僕は思わず、立ち上がり拍手をしたが、同時にもっと早くその思いを国民に語りかけてほしかった。

確かに、政治とカネ、普天間基地問題の混乱という大きな課題はあった。しかし、改革は着実に進んでいる。新しい政策立案、地域主権の実現やムダ遣いの排除、命と暮らしを大切にする政治……。連日、メディアにサンドバッグのように叩かれ、ダウン寸前になろうと、しっかりとした信念と情熱を持って国民に説明し、国民の生活が第一の政治の実現に向かって立ち続けることがなぜ、出来なかったのか。

「首相辞任は国民の総意。鳩山さんの辞任は世論の結果だ。政治家とはそういうものだ」。僕の尊敬する先輩の議員の言葉が心に染みた。

事務所に戻るとメディアによる取材電話の嵐。「首相辞任を受けての矢崎さんのコメントをいただきたいのですが・・・」「なぜ首相は辞任したのでしょうか」。

テレビニュースは、党内のグループで、4日の代表選出に向けた動きが活発化しています、と伝えていた。僕は特に所属するグループがない。開催される予定であった会議はほとんど中止になった。議員室で静かな午後を過ごしていると、先輩議員から「会合の誘いは気をつけないとダメだ」とのご意見もいただいたが、しばらくすると、いくつかの集まりの呼びかけが入ってきた。


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